5日午後4時半ごろ、神戸市西区伊川谷町前開の川に若い男性がうつぶせに浮いているのを通行人が見つけた。神戸西署の調べで、同区伊川谷町有瀬、神戸商船大大学院生、浦中邦彰さん(27)と判明。全身に殴られた跡があり、既に死亡していた。浦中さんは4日未明に自宅近くの路上で、車の駐車を巡って暴力団組員風の男ら約10人とトラブルになったといい、同署は浦中さんが拉致され、集団リンチを受けたとみて、傷害致死容疑などで捜査している。トラブルの現場に駆け付けた同署員が、浦中さんが拉致された可能性に気付きながら、近くにいた男らを帰すなどしていたことも判明。同署は初動捜査に誤りがあったことを認め、謝罪した。
調べでは、浦中さんは4日午前3時20分ごろ、知人の男性(31)に車で自宅まで送ってもらった際、駐車方法を巡って近くにいた男女2人組とトラブルになった。女が男数人を携帯電話で呼び出し、約10人で浦中さんら2人の顔など殴るなどしたという。
近所の110番で同署員がパトカー2台で駆け付けたところ、浦中さんの姿はなかったが、5、6人の男が知人男性を取り囲むなどしていたため、署員は全員に任意同行を求めた。しかし、このうちの同区伊川谷町潤和、山口組系暴力団組員、冨屋利幸容疑者(37)が「関係ない。後で必ず交番に行く」と話したため、署員は男らを帰した。知人は署員に「一緒にいた男性が車で連れ去られたかもしれない」と告げたが、署員は緊急配備もかけず、近くの交番に引き揚げたという。
しばらくして冨屋容疑者が交番に出頭し、一転して「自分1人で(知人男性を)殴った」と認めたが、署員らは逮捕せずにそのまま帰宅させた。同日午後、冨屋容疑者が今度は同署に出頭して来たため、知人男性への傷害容疑で逮捕した。
5日午前になって、同署に「(浦中さんの)遺体を川に捨てた」と匿名の電話があり、署員らが遺体発見現場周辺を捜索するとともに、浦中さんへの暴行について同容疑者や組関係者から事情を聴いていた。
■捜査問題あった
田中東雄・神戸西署長の話 トラブルの現場で十分な対応ができなかった。また、冨屋容疑者は交番で事情を聴いた際に逮捕すべきだった。逮捕者の供述から共犯者を割り出すのが通常で、捜査に問題があったと言われても仕方がない。申し訳ない。
■繰り返された初動捜査の誤り
またも繰り返された初動捜査の誤り――。神戸市西区の川で5日、大学院生、浦中邦彰さん(27)が全身を殴られた死体で見つかった事件。110番通報を受けて2台のパトカーが現場に駆けつけながら、容疑者側の話をうのみにして、そのまま帰していた。警察が市民や被害者らの訴えをキャッチしながら、結果的に命を救えないケースは後を絶たない。
初動捜査のミスを認めるまで、神戸西署の説明は二転三転した。
同署は5日午後8時の最初の発表では、死亡した浦中さんの知人男性(31)を殴ったとして、傷害容疑で逮捕した同区伊川谷町潤和、山口組系暴力団組員、冨屋利幸容疑者(37)について、「4日午後3時半過ぎに自首してきた」と、この時点で初めて署が同容疑者と接触したかのように発表していた。
ところが、同署は約2時間後、冨屋容疑者が4日未明に起きた車の駐車を巡るトラブルの現場におり、しかも110番通報で駆けつけた同署員が直後に近くの交番で同容疑者から事情聴取していたと訂正。その際、同容疑者が知人への傷害容疑を認めていたことも明かした。報道陣から「それでは自首にならない」などと追及されると、署の幹部は「刑事訴訟法上は自首とはいえないかも知れない」と認めた。
田中東雄署長が、冨屋容疑者をすぐに逮捕しなかったことについて「供述から共犯者を割り出すのが通常。捜査に問題があった」と認めて謝罪したのは深夜になってからだった。
警察のずさん捜査により最悪の事態を招いた事例としては、99年10月にJR桶川駅前で起きた女子大生刺殺事件がある。埼玉県警上尾署は被害者の女性側からのストーカー被害の訴えを放置したばかりでなく、告訴の調書を改ざんするなどし、当時の署員3人が虚偽有印公文書作成などの罪で有罪判決を受けた。
また、同年12月、栃木県上三川町の会社員(当時19歳)が少年グループにリンチを受け殺害された事件では、少年の両親が再三、捜査を要請したにもかかわらず、これを無視した栃木県警の致命的な不手際が問題になった。
また、00年1月に新潟県柏崎市で監禁されていた女性が保護された事件でも、女性を発見した保健所職員からの出動要請を柏崎署が断っていた。事件で逮捕、起訴された男の母親が4年前に警察に相談していたが、不十分な応対で事件解決に結び付かなかったことも判明した。
こうした事態を受け、警察庁は全国の警察本部に対し、全警察署に専任相談員を配置するなど、相談受理体制の整備を指示。これを受けて、警察本部の多くに専任相談員が配置された。
相談業務の改善は、警察制度の見直しを検討している「警察刷新会議」でも議論になった。民間人や警察OBを登用した困りごと相談員制度の発足や、市民からの苦情相談に対して公安委員会に文書での回答義務を負わせることなどを打ち出したにもかかわらず、こうした事件の教訓はまたも生かされなかった。
<毎日新聞より引用>
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